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野球部奮戦記

なぜ高校野球なのか 熱球の原点E
E ゼロからの出発 ルールもよく知らず/始めた以上補欠脱出するゾ

「ドンマイ、ドンマイ」、一塁コーチャーズボックスから、ひときわ大きな声が飛ぶ。ボックスに立つのは、右翼手山田透君(3年)。まだ補欠だ。身長1メートル85、体重77キロ。チーム1の巨漢だが、「新宿高校に入って初めてボールをにぎりました」という球暦の持ち主だ。同校野球部で、文字通り「イロハからのスタート」だった。
「中学時代は吹奏楽部でトランペットを吹いていました。でも体があまり丈夫ではなく、病気こそしなかったけれど、とても疲れやすかった。高校では体をなんとしてでもきたえようと決意して。友人にすすめられ、そのまま入部したんです」。それにしても吹奏楽部から一転、ハードな野球部への思い切った転進。入部の動機を聞いて、みんな驚くという。「野球部に入っちゃったよ」。最初の日、帰宅して建築業の父親にそう報告したら「お前が? ウソだろう」とまったく信じてもらえなかったという。
ゼロからのスタート。山田君にとって初練習の日から苦労の連続だった。むろん、グラブもなかった。2人兄弟の兄が中学時代、野球部にいたので、その兄のグラブを借りて参加した。ボールを投げる、バットでボールを当てる。フライをつかむ、ゴロを追って走る。何から何まで初体験。テレビで野球中継を見ていても、話には聞いていても、見ると聞くとでは大違い。打球は"殺し屋"のごとく追ってくるし、バットは空を切るばかり。「仲間はみんな小学校や中学校のころから野球をしているので、とても、ぼくの言動が信じられないんです。とにかく、ルールもよく知らなかったんですから・・・」。先輩の指導が厳しくなるのは当然として、「果たして、ついていけるか。不安と緊張で練習が終わるともうクタクタ。家へ帰るとバタン、キューで、すぐに寝てしまう毎日でした。辞めようと思ったことも何度か・・・」。
その山田君が「よし、これならやっていける」と自信を持つようになったのは、歯を食いしばっての練習が4ヶ月余り過ぎた2学期の始まるころ。カーブは無理だが、直球ならなんとか打てるようになった。飛球を追って"バンザイ"をすることも次第に減ってきた。「そのころからです、野球が本当に面白くなったのは。難しい技術にも一つ一つ挑戦できるようになり、それに向けてのファイト、張り詰めた緊張感。そして、始めた以上、上手になりたいという気持ちがムクムクと頭を持ち上げてきたんです」。今の課題は苦手のカーブが打てるようになること。
そうすればレギュラーの道が開けると目を輝かす。山田君はファイト満々だ。
高校で野球を始めたという野球部員はなにも山田君ばかりではない。新宿高でも2年制に1人、そして今年もまた4人の"初体験"新入生が入部した。都高野連によると、参加校が増えるにつれ、年々、同じような初心者が野球部の門をたたくというケースが、目立ってきているという。
(昭和54年(1979年)6月28日付 読売新聞 都民版 より)


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