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野球部奮戦記

なぜ高校野球なのか 熱球の原点F
F 臨時休業/生徒たちの"姉さん" 試合の雄姿に感激

新宿高野球部の顧問、成清良孝先生(48)(国語担当)は二年前、同人雑誌に「熱球の裏側で」という小説を書いた。その中に、同校近くの路地にある通称「ねえちゃん屋」という駄菓子屋の話が出てくる。
<そこの女主人は姉のようにやさしく、ちょっとした服のほころびなどもつくろってくれるし、金の持ち合わせがないときは立て替えてくれる。S高生にとっては郷愁を限りなく刺激される店らしく、卒業しても学校の近くへきたら、学校に寄らなくても、その「ねえちゃん屋」には寄っていくという・・・>
姉のように慕われている、その女主人は、田畑富美子さん(32)。九年前、おじがやっていた店を引き継ぎ、女手一つで切り回してきた。
「初めは、お嫁に行くまでの腰かけのつもりだったんです。ところが、無我夢中でやっているうちに、こんなに長くなってしまった。生徒たちとは、お客さんというより友達みたいな感じで接しているんですよ」
間口二軒ほどの店先には、アイスクリーム、ジュース、パン類やビスケットなどの菓子がところ狭しと並んでいる。中に入ると、床は"土"である。
「店がこむのは、夕方五時半ごろから。クラブ活動が終わった帰り、みんなで寄ってくれるんです。野球部の連中が来るのは、そう、六時ごろかしら。おなかをぺこぺこにすかしてきて、なかには、"きょうはお金持ってないよ"なんて言いながら、パンを自分でケースから出して、むしゃむしゃ食べる子もいるんですよ。でも、本人はちゃんと覚えていて、次にくる時は、お金をきちんと持ってきてくれる」
夏の大会が始まると、田畑さんは、同校OBらに誘われ、毎年のように球場へ足を運ぶ。そんな時、店はむろん「臨時休業」になる。
「試合を見ていると、ふだんは甘えん坊みたいな生徒が、別人のようにしゃきっとしちゃうのね。打席に立っていても、守備についていても、それがすごく頼りになるって感じで、応援にも思わず力が入っちゃうんです。今度の大会も、みんな真っ黒になって練習しているから、ぜひ応援に行かなければと思っているんですよ」
新宿駅の南口から歩いて二、三分。ビルの影に隠れるようにある「ねえちゃん屋」は、厳しい練習に耐える部員たちのオアシスでもある。田畑さんは「そろそろお嫁に行かなければ・・・」と思いながらも、「生徒たちと離れるのは、やっぱり寂しいし」と言い、ここ当分は店を続けるつもりだ。部員たちも口をそろえて訴える。「ねえちゃん屋がなくなったら、それは困ります」−。
(昭和54年(1979年)6月29日付 読売新聞 都民版 より)


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